2012年01月06日

2011.12.30号

「2011年総集編(後)」
今年は、今まで続いた資本主義経済に警鐘を鳴らす事件が多々起きました。
まず始めが「アラブの春」。格差の是正を訴え、民衆がFACEBOOK等のソーシャルネットワークを通じて結集し、大規模反政府デモや抗議活動を行いました。その事により、エジプトのムバラク、リビアのカダフィーを始めとする長期独裁政権のトップに立つ何人かの独裁者が権力の座から引きずり落とされました。
「アラブの春」を引き起こした根底になるのは、資本主義経済が生んだ格差社会です。
社会主義が結果の平等を目指したのに対して、資本主義の目指したのはチャンスの平等です。皆スタートラインは一緒である、ゆえに自分がHAPPYになるもならないも自分の努力次第である、と。
20世紀はそれが上手くいった。自由競争をさせることで、世界全体が切磋琢磨しあい、急速な科学技術の発展を生み、生活の質は格段に向上しました。
しかし、自由競争をさせる以上、格差が生まれるのが資本主義社会のもう一つの側面です。しかし、現在この格差が努力では抗いがたいレベルまで拡がってしまっています。
例えば、現在の日本において、親の「所得格差」が「教育格差」に直結していると言われています。4年制大学の進学率を見てみると、年収1000万円以上の家庭が62.1%に対して、年収200万円以下の家庭は28.2%まで下がります。また、年収1500万円以上の家庭になると40.9%の子供が早慶以上の難関大学に進学しているというデータもあります。
つまりは、親の年収によって学歴が決まっているという事です。この事は当然、孫の世代、ひ孫の世代まで続くわけです。
ですから、資本主義経済は2割の勝ち組と8割の負け組を生み、8割の負け組が2度と上がってこれないレベルの格差に拡がってしまっているわけです。これは、仕組み上はチャンスの平等であるけれども、実質的にはスタートラインの時点で不平等を生んでいる事に他なりません。
この事が中東諸国のみならず、先進国であるイギリスやアメリカなど、世界各地で反格差デモを起こしました。抗いがたい格差に対する限界が来たということでしょう。
つまり、資本主義経済も「最大多数の最大幸福」を達成することは出来なかったという事です。
また、資本主義の考え方は強い損得と私利私欲の上に成り立っています。ゆえに、「今がよければいい」という考えを生んでしまう危険性をはらんでいます。その事が現在の問題を常に先送りにし、現状の美化に終始してしまった事によっておこった現象が、ギリシャを発端とする各国の債務危機でしょう。
結局国債も借金ですから、いずれは返さなくてはなりません。いずれそのしわ寄せが来ることは自明の理のはずですが、そのことから今まで各国政府はそのことから目をそむけてきました。しかし、今年はその国債依存の体制にも限界がきました。来年以降、遅かれ早かれ破綻を迎える国が出てくるでしょう。
国、企業、個人とレベルは違うにしろ、先日のオリンパスの問題、大王製紙の問題も本質的には同じです。
つまりは、盤石だった資本主義社会にも疑問符が付き始めたのが2011年という年です。
とどのつまり、2011年は社会主義が終末を迎え、資本主義に破綻が見え始めた年である。よって、本来の社会の在り方であった社会主義と資本主義が限界が来て、また新たな社会の在り方を考えなくてはならない。というのが私の見解です。
では、次なる社会はどんな社会を目指せばよいか?それは、新年第1号で。
それでは良いお年を。
posted by IKJ at 11:09| メルマガバックナンバー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。